常陸丸遭難者の墓碑及び露艦戦士の墓碑      前のページへ戻る

 長門市通(かよい)地区の大越の浜に「常陸丸遭難者の碑」と「露艦戦士の墓碑」がある。ここに行くにはまず青海大橋から青海島に渡った後、県道283号を走り通漁港を目指す。通漁港南の高台にある通小学校の東側から大越の浜に出ると、高台に墓碑を確認することが出来る。大越の浜は訪れる人も少なく、地元民の憩いの場所となっている。青海島へ行かれたら、是非足を伸ばしてお参りしていただきたい。
 

○「常陸丸遭難者の墓碑」について
 明治37年(1904)陸軍の御用船となった常陸丸は同年6月15日将兵等千余人を乗せて中国へ向かう途中、玄界灘でロシア軍艦に砲撃されて沈没した。ほとんどの将兵が舟と運命を共にした。戦死者の遺体は通地区の沖合にも流れてきたが、村で丁重に弔った。この碑は大正10年通村が建立したものである。

○「露艦戦士の墓碑」について
 明治38年(1905)5月28日の津島沖で日本海海戦が行われた。この海戦で戦死した多くのロシア兵の遺体が大越の浜にも数体が打ち上げられた。浦人はこれをねんごろに葬り供養を続けてきた。墓碑は最初は自然石をおいただけのものであったが、昭和43年、浦の有志の手で立派な御影石の墓に建てかえられた。


  

  



この資料作成にあたっては、長門市教育委員会長門市郷土文化研究会編「長門のいしぶみ」を参考にさせていただきました。