乃木将軍揮毫の「忠魂碑」      前のページへ戻る


JR福知山線沿い伊丹駅のそばに乃木将軍揮毫と思われる「忠魂碑」を発見したので、紹介します。

16世紀に現在の伊丹駅付近にあった「有岡城」の城主 荒木村重が織田信長に対し謀反を起こし、有岡城の戦いが起こった。戦いの後、信長が人質となっていた荒木一族を虐殺した。インターネットの情報等では、これらの犠牲者を弔った「忠魂碑」ではないかと紹介されている。しかし、現場を見た筆者は若干の疑問を感じた。まず、「忠魂碑」の刻印の傍に「希典揮毫」とある。おそらく、乃木希典将軍の揮毫ではなかろうか。また忠魂碑の形状は尖塔が弾丸型をしており、戦国時代の犠牲者を悼むものとしては少し不自然である。従って、日露戦争戦没兵士の忠魂碑であると推測される。山口県内の遺跡ではないが、長州藩出身乃木将軍の縁のものとして、皆さんに紹介する。詳細について、ご承知の人がおられたら情報提供をお願いします。
 
残念ながら、この「忠魂碑」は入口が閉鎖され、傍に近寄ることができない。

なお、下の写真は日露戦争で激戦が展開された203高地にある「忠魂碑」です。(小銃弾を模してある。)
碑文は「爾霊山(にれいさん)」と記してあり、数字の203を模したものである。
ウィキペディアから引用