活躍中のOB                           前のページへ戻る

平成23年7月8日、山口駐屯地援護センターを訪問しました。
ここに、本年5月に定年退官された山原哲次さんが援護係として勤務されています。

−山原さんお久しぶりです。仕事の方はいかがですか。
山原さん「勤務を開始して、まだ2週間ですからね。毎日を夢中で過ごしています。」

−自衛隊生活を通じて、山原さんのネクタイ姿をあまり見たことがないのですが?
山原さん「そうですね。今までと全く違う勤務となりますが、退職を前にした現職の方にとって頼りにされていますので、しっかりお役に立てるように頑張りたいですね。」

ー山原さんは曹学(一般曹候補学生)の第1期生ですね。
山原さん「はい。私は福岡県から昭和51年に入隊して、曹学第1期生として武山駐屯地で4ヶ月間の教育を受けました。

※一般曹候補学生とは
昭和50年に優秀な陸曹を育成するために創設された制度です。特に花の1・2・3期と言われた人たちのなかには、指揮幕僚課程を経て1佐として活躍している人もいます。平成19年度には曹候補士と統合され「一般曹候補生」が創設されました。

−自衛隊歴をお聞かせ下さい。
山原さん「武山での教育終了後、九州に戻りたかったのですが、ご存知のように九州から入隊する隊員は非常に多く、17連隊2中隊に配置となりました。曹学1期ということで、周りも戸惑っていたようですが、私は体力では負けない自信がありましたので、昭和52年には陸士長でレンジャー教育に参加しました。同期には阿郷さんや、山根さん(昨年地本で退官)がいます。」
−北海道勤務も経験されたとか?山原さん「はい、昭和61年から平成3年まで、美幌6連隊3中隊で勤務しました。ここでの経験は本当にためになりましたね。その後、また17連隊2中隊に帰ってきましたが、平成7年には本管中隊情報小隊に配置となりました。その後平成17年8月に古巣の2中隊に戻りましたが、この間旅団改編等あり色々貴重な体験をしました。」
−幹部は選考3尉だそうですが?
山原さん「そうです。平成19年1月に3尉に昇任しました。同じ年の4月に47連隊本管中隊に情報小隊長として異動しました。体力には自信がありますが、この年でしかも情報小隊長に上番とは、自分でも驚きましたね。平成21年8月に17連隊1中隊にもどり、定年まで勤務しました」
−東日本大震災の災害派遣には参加できなかったとか?
山原さん「そうなんです。ちょうど付配置と重なり参加できず、残念でした。私は阪神大震災には参加しましたが、当時は自衛隊に対する目は非常に厳しかったですね。今回の災害派遣では、自衛隊の活躍が正当に評価され賞賛の声が多いのは素晴らしいことだと思います。

−どうもありがとうございました。最後に後輩自衛官に何か一言いただけますか。
山原さん「私は、福岡県出身で図らずも山口市で暮らすことになりましたが、この間に得た同期愛とか団結心は、私の一生の宝です。退職される皆さんも大事にして頂きたいと思います。また、定年にあたっては人生計画をしっかり立てることが大事です。時間があったら私の所へ遊びに来て下さい。いつでもご相談に乗りますよ。」