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晴耕雨読 その2


捕虜 誰も書かなかった第二次大戦ドイツ人虜囚の末路」
著者 パウル・カレル/ギュンター・ベデカー 畔上 司 訳 発行所 学習研究社 定価 本体3500円(税別)
 日本では旧ソ連に抑留されたシベリア抑留が有名である。100万人を超える旧日本兵等がシベリア及びソ連各地において強制労働につかされ、死者は35万人にも及ぶと見積もられている。悲惨な抑留生活は日本人には周知のことである。同じころ、ドイツ軍兵士(女性を含む)1100万人がソ連及び英仏その他へ連行され労働を課せられたのは、あまり知られていない。この本は、西独政府捕虜史委員会が18年間をかけて調査した事実に基づき書かれたものである。目的はあくまで事実を明らかにすることであり、勝者側の不正とナチスドイツの不正を相殺するものではない。
 著者の一人は「彼らは来た」(ノルマンディーの戦闘)で有名なパウル・カレルである。自らも米軍捕虜収容所で2年半の経験を持つ。さて、本書の内容であるが、単なる捕虜生活の記録ではない。
 「第1章 いけどりにされた狼たち」では捕虜となったドイツ海軍兵士について、彼我の虚々実々の情報戦について記述してある。Uボートの情報を得るために英軍の行った狡猾な作戦(英国に比べれば日本は本当に子供のようなものだと思う)は、手に汗を握らせるものがある。そして、民主国家と言われた米国収容所の残酷な扱いを行っていたことが明らかにされる。
 「第2章 五大陸での収容所暮らし」で戦時中の米英等捕虜収容所暮らし、とともに戦後捕虜との国際結婚に至った話等が紹介される。
 「第3章 ライン河と大西洋の間」で、ドイツ敗戦前後の捕虜収容所の実態を見ることができる。戦争直後において、米国の下にあった捕虜も人馬以下の取り扱いを受けたことがわかる。
 「第4章 力は正義より強し」は読み返すのもおぞましい事実(虐待と拷問)が淡々と語られる。現在も紛争の絶えないバルカン半島における捕虜の取り扱いは悲惨であった。クロアチア人やセルビア人の争いは、第2次大戦前からずっと続いてきたことが理解できる。また、ドイツとともに戦ったコサック捕虜は大国の間で翻弄される人々の悲しい運命をたどることになるのだ。
 「第5章 ロシアの捕虜」は、凄惨な事実を明らかにしている。スターリングラードで戦ったドイツ第6軍は23万人を超える兵力であったが、戦闘後終了後には生きていたのは9万1千人に過ぎなかった。そして帰還に成功したの僅か6千人である。1944年6月にはスターリンはドイツ軍捕虜5万人以上をモスクワで見せしめの行進をさせている。文中ではローマ時代の戦勝記念の行進になぞらえている。ソ連各地の強制労働に従事させられ、死亡した兵士は100万人を超えるといわれる。しかし、作者はドイツ軍が殺害したロシア兵捕虜はそれをはるかに上回るといことも忘れずに記述している。ソ連の収容所生活は人間の良心と誇りを粉々にしたものであった。仲間を平気で売る者もいた。そのような中で、作者は日本兵捕虜について次のように記している。「太平洋岸からシベリア内陸部に輸送されてきた日本兵も、鉄条網内で武器なき戦いを挑む団結を示した。西独政府捕虜史委員会の報告の中であるドイツ人捕虜は、この極東の小柄な兵士たちと、ドイツ人戦友の示した態度とをこう比較する。『私は彼らの民族としての誇りと団結に、驚嘆を禁じえませんでした。それはわれわれドイツ人にはまったく欠けていました。日本人は、もし将校が禁固を食らえば、いくら脅迫をされ足蹴にされ殴られても、頑として作業に赴こうとしませんでした。』」現実には、日本兵の中にもソ連の手先となり活動した者も多く、必ずしも団結が固くはなかったと思われるが、ドイツ人を感動させた日本人兵士もいたのである。
 本書は前述したように勝者の不正を摘発するものではない。作者は、多くのロシア人に捕虜が助けられ生き延びることができたことを記述している。戦争は国家の争いであるが、これに翻弄される人々がいることは忘れてはならないであろう。なお、非常に高価な本であるが、「中央図書館」にあるので、暇があればぜひ一読をおすすめする。
(文責 岡本)