山内和男氏からの寄稿文           前のページへ戻る

桜会HPでご案内していた山内和男様から頂いた寄稿文を掲載することとなりました。第1回目はご夫婦で訪問された中国東北部の紀行文です。

山内様略歴
S27.7:警察予備隊入隊(宮崎県)
S31.1:17普通科連隊に転属(山口市)
S37.7:山口地方連絡部萩分駐所長(萩市松陰神社近傍に居住5年間)
S48.3:富士学校普通科部教官(富士)
S51.8:陸上幕僚監部教育訓練部総括班(六本木)
S54.3:第1師団第1普通科連隊3科長(練馬)
S57.8:第31普通科連隊副連隊長(朝霞)
S60.3:第13師団司令部総務課長(海田市)
S62.11.18 2等陸佐で定年退職
民間会社山口市に再就職。生産管理部長8年勤務して退職
H8.6.1再上京、社団法人全日本銃剣道連盟事務局長勤務。H19.4.30退職。

①  中国東北紀行(大連・旅順・瀋陽・撫順)「H11.4.21~25」
念願の中国東北紀行が叶い、家内と2人のツアーで大連に降り立ちました。岡山から来られたご夫妻と空港で一緒になり、中国の女性ガイドと運転手さん合計6名の楽しい旅行になりました。

 大連港は、昔のままの面影を残していましたが、日本人街は取り壊しを始めていました。しかし学校や大和ホテルの回転ドア・大連外語学院などは昔のままです。旧満鉄本社の赤レンガの立派な建物も見ました。戦前満州で育った人は懐かしく学校等を見に来られるそうです。大連では朝早くから太極拳をやっています。

 2日目は待望の旅順です。朝早く集落を通ると、多くの男性労働者が集まり、それぞれ首に得意の技術を表示した札を下げて、募集者が来るのを待っています。工事現場は、機械が無く人力工事をやっていました。

 旅順要塞は日露戦争において、乃木希典将軍の率いる第3軍とロシア軍ステッセル将軍の要塞防衛部隊が激戦を行ったことで有名です。その中でも有名な203高地地区は観光地になっていますが、反対側の東鶏冠山地区は立入り禁止で、旅順市内及び港は撮影禁止で、車上見学のみ許されました。203高地一帯にはロシア軍の構築したレンガをセメントで固めた塹壕が小さな松林の中に沢山残っていました。「乃木保典君(乃木大将次男)戦死之所」の碑も残っています。203高地頂上に日本軍が建てた巨大な爾霊山碑があり、ここで乃木軍が大弔魂祭を行いました。頂上からは旅順市街と港が良く見えます。大東亜戦争末期満州を占領したのはソ連軍であり、爾霊山碑を破壊する事などは簡単でしたが、ソ連が日本軍の戦勝痕跡を何故残したのか不思議です。(第1次大戦でロシアが大敗しドイツがタンネンベルヒの戦い跡に建てた記念碑は、第2次大戦後ソ連軍により完全に破壊されています。)

 旅順要塞陥落後乃木将軍とステッセル将軍の間で停戦協定が結ばれた小さな民家は水師営に所在し、当時は日本軍の衛生隊本部があった所ですが現在は観光地になっています。会見のテーブルの板は、板戸に衛生隊本部と墨書され、板戸の上に白布を被せた仮設のテーブルが今もあります。日露の代表はここで簡単な昼餉を食べ、懇談の後、彼我共に軍人として帯剣・勲章をつけた写真を撮り、これが会見場に飾られ、棗(なつめ)の木もあり、水師營會見所と中国の書体で書いた立派な碑が入口に建っています。ここで激烈な戦いがあったのが嘘のように静かな所で、ここは、日露将兵の霊所だと思いました。

 3日目は、汽車(駅舎も汽車も満鉄時代のもの)で大連から瀋陽市内観光に行きました。車中から見て右側の山は見事な禿山です。雨水を保水する緑は有りません。山麓では若干野菜などを作っています。
左側は見渡す限り青々とした見事な稲田で、田の端に黒い物が点々と有り、詳しくは判りませんが、日本人が作った水を汲み上げるポンプだと想像し、開拓の人が苦労して水田を開いたと思いました。
瀋陽(遼寧省の省都旧名は奉天と呼称)の市内に着いて驚いたのは、歩行喫煙禁止で罰金を取られます。中山広場には大きな毛沢東像があり、市民が赤い大きな扇子2本で終日踊っています。ここには日本の古い官舎があり、窓ガラスも入って現在は一般の市民が住んでいます。この官舎を訪ねて来られる方もあるそうです。旧大和ホテルや、旧満州医科大学(現在中国医科大学)など立派な建物がありました。

 4日目も、瀋陽観光で清代初代皇帝ヌルハチが築いた王城や、瀋陽故宮、遼寧省博物館、清朝2代目皇帝の陵墓北陵公園を見学しました。広大な清国を治める皇帝を満州民族から出した事と、素晴らしい建築物と規模の大きい陵墓を見て、満州民族を見直しました。その後、特急「アジア号」を牽引していた機関車(バシナ)や、野晒しで可哀想な満鉄機関車を沢山見ました。このアジア号も人気が在るようです。

 5日午前中、日程が空き、撫順の石炭露天掘りの現場を見学しました。石炭を積んだ貨車を機関車で引っ張り、地底から廻りながら上がります。少し離れた所に満鉄の赤レンガの大きな官舎がありました。